臓器移植について

今、ちまたでは脳死による臓器移植の話題でもちきりである。
山中家でも、りかが看護婦ということもあるが臓器移植や脳死について、何度も話をしている。

山中家での意見は、「臓器移植はしてもかまわない。」 「自分の臓器は提供したい。」 「自分に必要になれば臓器を提供してほしい。」 である。
臓器移植やバイオ(クローンなど)については、必ず宗教的な思いも入ってくるが、山中家では家族それぞれが「自分」を信仰しているため(笑)、問題ない。

さて、テレビでも言っていたが、「臓器移植は、人の死を前提としており理想的でない。」 と私も思う。
そりゃ、移植しないで直る、あるいは人工的に臓器が作れるならそれにこしたことはないわけで、脳死は死だとか違うとかでもめることもない。
ただ、現状では、移植なしには直らない人がたくさんいるし、やっぱりみんな死にたくはないので、移植もやむなしといったところか。

話はかわって、今移植を待ち望んでいる患者さんは、逆に臓器提供の意思表示カードを記入して持っているのだろうか。
それも、提供の意思表示をして・・・。
自分はほしいけど、人にはやらないというのは、ちょっと臓器移植のよしあし以前の問題のような気がするのだ。

また話はかわって、今回の脳死による臓器提供では、高知から大阪や長野へ臓器が運ばれた。
当然臓器を取り出す手術も行われただろうが、この費用は誰が負担するのかという問題が気になっている。
臓器を提供するのに費用も負担しなければならないとなれば、よほどきとくな人を除けば提供したくないと考えるだろう。
じゃあ、提供を受ける側が負担するのか?保険はきくのか?等々

今後、臓器移植が日常的になればなるほど、そういう部分のきめこまかい対応が必要だなぁと感じた。

前へ

りか、テレビに出演する

次へ

山中家の引越し